初老時代 セミリタイアライフ

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社会貢献という罠

CSRという言葉がある。

「Corporate Social Responsibility」の略語で、日本語に訳すと「企業の社会的責任」という意味になる。環境活動、ボランティア、寄付活動など、企業としての社会貢献の活動を指すのが一般的だ。素晴らしい考えであり、実際に数十億円(トヨタなどは数百億円)をかけて活動している姿には頭が下がる。だけどボクはこの「企業の社会的責任」という言葉を額面どおりに受け入れきれずにいる。

 企業のマーケティングのひとつに利用されてしまっていることが多いからだ。社会の事を真剣に考えている優秀な会社が作っているうちの商品を買ってください。ということ。数十億円を使ってもそれ以上に売上を増やすメリットがあると計算している。わざわざプラスチックごみのリサイクルをやるよりも、自社の給料を増やし、非正規労働者を全部正社員にすることのほうが社会的責任を果たしているはずだ。(プラスチックごみのリサイクルはやらないほうが良いという意味ではない)

ボクがデイサービスを始めた時は、まだ営利企業の参入は少なかった。ボクは地域福祉に資するつもりで起業しましたが、世間は「儲け主義だろう?」としか捉えてもらえなかった。「老人を飯のタネにするなんて」と言われたこともある。くやしくて、過剰サービスをしたり職員の給料を地域で最高水準に引き上げるなど、むだな努力を重ねています。CSRへの批判とはずいぶん矛盾しています。

そんなおバカなボクが最近やっとわかってきたことがあります。会社(企業)の価値はその会社が評価すればいい。最低限、悪いこと(脱税とか犯罪とか)をしていない限り、会社は活動する事で何らかの価値を創造します。比較して数字に変えることはナンセンスです。それは個人が他人と比較して喜んだり悲観したりするのと同様です。ひとりひとりが(一社一社が)何らかの形で社会に貢献しているのだと思います。

ボランティアをしたければそれもよし。税金払うだけで精一杯ならそれも立派に貢献しています。あかちゃんも老人も安心して生きていけるだけでとても素晴らしい社会です。(まだ、もう少しですが)「俺だけは損をしたくない」なんて考えずに社会とともに生きて行くだけで、社会貢献はりっぱに成されています。なぜならみんな社会の一員だから。