セミリタイア small life

還暦オーバー!今日もチャレンジ!

迫りくる不死社会に怯えながら

「老化は病気である」

急にそんなことを言われても、戸惑うしかありません。以前に紹介した「LIFE SPAN」の中に出てくる学説です。偉い先生が書いた本なので、世間でも老化は病気の一つなのかという風潮になりつつある?かも知れません。けれど、もし病気だとしたら、とてもまずい事になりそうです。病気だったらそれを治療することが当たり前になるからです。そして人類はあらゆる困難に果敢にも立ち向かうのです。

AIを筆頭にする現代のテクノロジーは人類の寿命をさらに20年、30年と延ばすかもしれません。そうなると、年金は機能しなくなります。90歳とか100歳、それ以上に死ぬまで働いて生活費を稼ぐのが普通になるでしょう。社会のなかでどんなに疲弊して心身にガタが来たとしても、働くことを止めることができないのです。まるで野生の動物のようです。生きるために動き続け、動けなくなったら素直に死んでいくのは、それはそれで自然な事とも感じます。

もう一つ不都合なことがあります。それは脳の機能低下です。最新の医学でもなかなか解明できない領域で、現時点では血流を増やすとか外部からの電気的刺激を与えるといった原始的治療方法しかありません。脳の老化が80歳から始まるとしたら、20年から40年間は機能不全を起こしている中枢管理システムで生きて行くほかないのです。わかり易い例を挙げると大多数の人間が認知症を抱えながら30年余りの時間を過ごすということです。頼りない自分の思考に不安を抱えて狼狽えながら暮らすことになるかもしれません。

進化を続けた挙句に行きつくのは、ただ生きるために生きるというクソ面白くない未来である可能性は十分にあるのです。肉体や魂は単なる遺伝子の奴隷に過ぎないのでしょう。

 

人の行く裏に道あり花の山

元来、能力も高くなくへたれで根性なしです。

それでも微小な会社をつくり、子供も育てることができました。

ボクが採った戦略は、「戦わない」です。

レベルの高いところで競争したら負けるので、闘っている意識もなく勝ってしまうところに参戦する。するといつの間にか成功している。誰かを不幸にすることもない。

大学を出て、中規模の食品会社に就職しました。ライバルが10人程いたので、競争になりそうでした。ボクは3ヶ月で子会社への出向を望みました。

ライバルはいませんでした。3年で優秀社員賞をもらい、会社の庭に記念植樹をしました。

理学療法士になって勤務した病院は、大きな総合病院の誘いを蹴って、小さな老人病院にしました。理事長ととても仲良くなりました。給料は5年で倍になりました。

その給料を捨てて起業しました。

最初の1年に得た役員報酬は年額120万円。月に10万円です。だけど7年たった時の報酬は1千万円弱までになりました。今はリタイア移行中ですので(税金のことを勉強しました)500万くらいです。

それも捨てる予定です。

目の前の判断は、いつも他人とは違っていました。

「戦わない」ためです。

何故ならば、戦い始めたら戦いはずっと続くからです。

勝っても勝ってもより強いライバルが出現する。それに勝つためにはさらに多くの努力が必要になる。このループから逃げるためには、はじめっから競争に参加しないで成功する方法を考えるしかない。

 

65歳までに月5万円の新しい収入源をつくる。

競争が少ないところを探しています。

せどりアフィリエイトと失敗して、積みたてNISAはそこそこ。

次はKDP(キンドル ダイレクト パブリッシング)です。

今月中には出稿したいと思っています。

タイトルは「ひとりだちんこの起業日誌」です。

ふざけますよね、本当に。

 

第二弾で考えているのが、満を持したエロ投入です。

人の行く裏に道あり花の山

 

 

還暦の心を分析してみた。

人間の心は変化する。仕方がない。

この人こそはと結婚して、今となっては同類相憐れむの境地である。

これぞ天職だとバリバリ仕事をしていたが、もう情熱が残っていない。

心の変化は今までも幾度となく経験してきたが、還暦を過ぎた最近の心理状態は揺れに揺れている。

なかなか複雑なのだが、あえて単純に表現すると「余裕がなく慌てている」なのだ。

まあまあお恥ずかしい。61歳にもなって慌てている初老の男の姿は滑稽に見えるだろう。

今週中にやらなければいけない事があるわけでもなく、借金取りが玄関を叩くわけでもなく、試験の期日が近づいているわけでもない。

だけど、落ち着かない。何をやっても不安が背中にこびりついているようだ。

終わってしまうのか?

大した感動もなく人生というドラマの幕が下りるかもしれない。

そんな心境のようだ。

いや、もう少し面白くできるだろう。もう一波乱、大どんでん返しを作ってからエンドロールを迎えたい。

だけど、ガソリンが残っていない。

ガツンとアクセルを踏み込んだら、それっきりエンジンがストップしそうで怖い。

かといってそのまま尻すぼみにエネルギーをケチっていたら車速はドンドン落ちていく。

目の前の坂道を越えたら今度こそ青い海が見えるかもしれない。

 

他人を許す余裕がない。

若い時は、まだ何度でもやり直すことができるだろうという自信と余裕があった。

もう何回もやり直すことはできない。

8割がた完成した作りかけのジグソーパズルを壊されたら、もう無理だ。

壊してしまう可能性のある人たちを遠ざける。こっち来るなと吠え立てる。

そんな自分を初めて知って狼狽える。慌ててしまって取り繕う。

 

いままで一生懸命積み上げたものが、ある時急に陳腐に見えてしまう。

あの時の燃えるような情熱は、実は薄っぺらい戯言だったと感づいていた。

微笑ましくいじらしいだけの理想だったと気が付く。

人を支えているつもりで得意満面に歩いてきたが、実は逆に人から支えられて生きてきた。

恥かしくて堪らなくなり顔をどこを向けたら良いのかもわからずに、とりあえずばれない様に仏頂面をして生きている。

 

このまま死ぬまでオドオドしたままなんてとても耐えられない。

今までの自分を脱ぎ捨てたいけど捨てれない。

 

分析をしたら、けっこうな勢いで病んでいた。

 

1年間のセミリタイア生活を振り返る

ブログを始めて1年が経過しました。

ボクのセミリタイア生活を簡単に振り返ってみます。

 

まず、リタイアとは程遠いプチリタイアでした。

次から次へと仕事が増えて、週休3日の予定どおりに過ごせたのは3週間程でした。

結局、経営者は休めないということが分かりました。

 

心境の変化は多くありました。

ブログを始めた頃は、ボクの年金受給額がとても少ない事からお金に対する不安感がありました。

実際、月に5万円をブログで稼ごうと思っていました。

とんでもなく甘い皮算用だったわけです。

でも、有形無形の自分の資産を棚卸することができました。

そして勉強することでお金の不安は小さくなりました。

今後とも目標を持った生活は必要と感じます。

 

また、健康に関する意識も変わりました。すごく長生きしたいとは思いませんが、健康寿命は伸ばしたいし、そのためには積極的な行動をとって行かねばなりません。そしてそれは肉体だけに留まらず、精神的な部分の健康にも言えることです。

 

子育ては一応終了しました。

しかし、親の役割はまだまだ残っているようです。

多少ウザがられても、伝えたい事はしっかり伝えていきます。

子供を愛していますから。

 

会社の後継者作りは遅々として進んでいません。

やはりボクが望むレベルは高すぎるのでしょうか?

今年はすこし厳しい指導を試みたいと思っています。

会社という道具を扱えるスキルを伝授していきます。

 

新しいチャレンジは今のところ不発です。

会社での新規事業や個人でのこずかい稼ぎはとても難しくて挫折しそうです。

性急に成果を求めず、数年かけて地道に開発していきます。

夢をもって生きることこそが意義のある時間と考えています。

 

還暦を越えて焦ったことや諦観した事、心の動きは激しかったように感じます。

しかし、コロナもあって具体的に行動に移せた事は少なかった印象です。

セミリタイアするのに重要なのは心身の健康だと再確認できました。

身体的に出来なくなる事が怖いだけでなく、行動しようという気力の減退がとても危険である事を身に染みて感じます。

ただ生存するのではなく、より貪欲に生きるつもりです。それが自己中と呼ばれても、昨年より行動したいと思います。それで寿命を縮めてもかまいません。

 

IT社会主義

DAZNを休会して、NETFLIXに加入した。3月までに目ぼしいタイトルを見まくろうと思っている。登録をしながら感心したのは、登録者の僕だけでなく家族にも視聴しやすいシステムだった。おのおのパーソナライズされた上でお勧めコンテンツを提供してくれるのだ。これは逆に言うなら勝手に個人情報を利用されているということだが、ボクとしては全く悪い印象がない。カード情報など実害があってはならないが、もはやいたるところに登録しまくっている身とすれば毒を食らえば皿までだ。

AMAZONFACEBOOKそしてブログなど、個人情報をこっちのほうからどんどん流失させている。そうしたほうが楽しそうだから。情報社会から引き籠って個人情報を個人で守っても面白い世の中からどんどん遠ざかっていくような気がしてならない。ホリエモンは国家に税金を払うよりGAFAMに税金を払いたいと言っていた。ボクは払えるだけの所得はないけど、個人情報だったら預けて良いと思っている。引き換えに便利で安価な生活を望めるのならば。で、現実にそうなってきている。あまりお金を使わなくても便利で楽しい生活ができる。住むところさえあれば月10万円くらいの収入でもhappyに暮らせるようになった。

ITで管理された社会を危険視する人たちもいるけど、それから逃げても逃げ切れるものじゃないし、びびって生きるよりも積極的に利用するしかないんじゃないか。ちなみにボクは心拍数や運動量などの健康データもAPPLEに提供している。エロ小説書きたいとも言っている。もう丸裸だ。

 ボクが何を買って何を食べて何を見てどんな発信をしているのかなんて、誰も関心があるはずもない、興味もない。IT(インフォメーション テクノロジー)とは個人情報そのものではなくてその集積物である社会データを活用することにある。蓄積された社会のデータはより安全により便利により快適により確かに、ボクたちの暮らしを改善すてくれると信じている。その為には多少のリスクも受け入れる。

放浪の準備(3)やりたいようにやるだけさ

 5月までにはワクチンを打ちたい、そして放浪の旅に出かけたい。

還暦とは60年でそれまでの生活に区切りをつけて、新しく生まれ変わるチャンスなんだ。人に迷惑をかけない範囲で、気分が趣くままに、やりたいようにやるだけさ。

排気量110ccという小さなバイクで四国一周14日間の放浪。意味なんかない。なんとなくそうしたいだけ。今までは自分の言動に、後付でも正当化することが多かったけど、もう気にしない。心を動かすことに精一杯のエネルギーを費やす。

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88か所をお遍路をしようと思っているが、そもそも宗教を信じていない。ただのチェックポイントとして使う。それよりも自然のなかで飲む1日1杯のコーヒーのほうが重要だ。

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放浪の意味を考えるよりも、今この時に生きている実感を得たい。それだけでいい。家族や社員からは自分勝手と言われても構わない。

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まあ、お金はかかるよな。とりあえず昼飯ぬき

エロ小説は只今5千文字

リスペクトしている作家は星新一氏です。暗黒の高校時代を恥をさらしながら生きていた頃、星新一ショートショートは現実から逃避できる唯一のファンタジアでした。文章に没頭している時間だけは魂が自由で居られました。

しかし彼は天才です。ボクのような凡人では真似も出来なければ参考にも出来ないのです。エロ小説家として月に5万円を得ようとしている下賤民からしてみれば、彼の存在は眩しすぎて死にたい気持ちになります。

実はもう一人、あこがれの作家がいます。あの時代に読みふけったのは筒井康隆大先生の作品です。先生の書いたものは良い意味で、ボクのような者でも「生きていてもいいんだ」と思わせてくれる、まあ庶民の味方と言うか読んだらすぐに忘れると言うか、とにかく気楽に読める芸術作品でした。最近の作品は読んでいないからわかりませんが、初期の作品は猥雑で下品ですっぱい毒が混ざっている。こんな自由な大人の世界もあるんだなと、純真な高校生は思っていました。筒井先生自身も、酔っ払いで悪いことしていてそれでも銀座でモテて、女の子を食べ散らかしているんだろうと純真な高校生は思っていました。ちょうど反抗期も重なっていたので、公務員の父よりも破天荒(勝手な想像)な筒井先生にあこがれました。

星新一大天才先生を目指すなんて畏れ多くてできないけど、筒井康隆大先生だったら目指したって怒られないんじゃないだろうか?もしかして大先生のほうをDissってるように映るかもしれませんが、そうじゃないんです。大天才先生のほうが異常というか宇宙人というか、人とは比較できない存在なんです。わかりますよね、大先生?とにかくボクは初期の筒井文学が好きです。大好きです。真似します。

エロ小説は只今5000文字