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教育の未来

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教育に対する根本的な考え方が見直されようとしています。教育の未来はどのような形で広がっていくのでしょう。

理学療法の学生時代、3年になると実習といって知らない病院に行って現場で勉強する仕組みがあります。ボクは30歳の時に、実習で泣かされました。それも、自分よりも年下の先輩に。情けないのと理不尽さに対する怒りで、一時的に人間不信に陥りました。でもまあ3ヶ月間だけの辛抱ですので、今となっては笑い話です。

 

理学療法の養成校で2年間ほど座学で勉強します。それだけでは国家資格を取得しても、すぐに現場でプロとして働けないのはわかります。ボクの周りは9つほど年下の同級生でした。その子たちを見ていても、すぐに社会人として患者さんと対等に話ができないだろうと容易に想像できました。だから医療の現場で9か月近く実習するのです。もしかしたら他の普通の会社からすると、制度的に優しくできているもかもしれません。ただ、その実習でドロップアウトする生徒は多くいました。人によっては人生を狂わせたり、うつを発症する人を、ボクもこの目で見てきました。

 

教育という言葉には文字通り、「教える」ことと「育てる」という意味があります。二つとも教育する側に目的があります。社会が求める人間像に近づけるという目的です。これは、豊かな社会ができると、それを構成する個人も豊かになるという論理だと思います。実際、高度経済成長はそのようにして達成されたといっても良いでしょう。

 

一方で、教育を受ける側の目的は「知りたい」と「将来に備えたい」と考えられます。

インターネットが普及した現代では、「知りたい」の多くはGoogle先生YouTubeがかなえてくれます。

「将来に備える」には教育の「育てる」が対応しているように見えます。しかし、どのように「育ちたい」のかを拾い上げられる事はありません。そこは教える側の思想や経験を植え付ける事で、大きな失敗をしない方法が優先されます。そもそも、教える側に将来を予測する能力は備わっているのでしょうか?YouTuberを育てることができるでしょうか?

将来に備えることができるのは、本人だけです。そのために何を知り、何を成長させるのかは、本人が選択し、実行するしかない時代になっているのでしょう。ある意味、厳しい時代です。

 

本日、高校の同窓会があります。ボクらの世代は先輩の教育を受け入れることで、不自由ない生活を手に入れることができました。ボクらはボクらの子供たちに、将来を教えてやることができません。ただ、できるだけ多くの、成長の機会を与えてやるだけです。