ブラック企業とブラック労働
自殺した三菱電機社員のメモが公表されました。想像以上に壮絶な内容でした。どうしてこうなったのだろうと考えても、実情を知らないボクには何ともわかりません。
実は、ボクも経営者の端くれです。記事になった企業とは次元が違いますが、働く人と働いてもらう人との間には溝があって、それが少しずつ深く大きくなっている気がしています。それを引き留めようとすればするほど、また離れていくような恐怖を感じます。
何か事業を始める時、よっぽどの悪質な会社以外は、人々に喜んでもらえる商品やサービスを届けたいと思っています。もちろんそのことで利益を出し、ずっと継続できる仕組みを作ろうとします。その時、起業家は「喜ばれたい」のと「利益を出したい」は両立すると考えています。これがほとんどのケースです。最初から人を不幸にしてでも稼ぎたいと思う人は極少数です。
でも、現実はそんなに上手くいきません。新しくできた会社が5年間生き残れる確率はわずか15パーセント程度だそうです。自由資本主義の世の中では、当然のように競争があり、税金があり、決算書の数字があります。思ったように喜ばれない、思ったように利益が出ない会社が大半を占めるのでしょう。
ちょっとだけ、規模を大きくしたら、社長一人で運営できなくなります。家族に手伝ってもらい、それでも足りなくなるから、社員を雇います。社長は自分で出来ないから他人に頼むのです。給料という貨幣的道具を使って。決して支配しようと思って頼むのではありません。手伝ってほしいのです。それを忘れてしまっている経営者は多くいます。利益だけを考えるようになったり、自分の立場だけを確保しようとすればするほど最初に掲げた理想から遠ざかるでしょう。
ただ、会社員に間違えて欲しくないのは、会社はあなたに何を手伝ってほしいと思っているかです。それは、何度も書いているように、「喜ばれたい」「利益を出したい」です。利益と聞いてすぐに拒否反応が出る人もいますが、そもそも手伝ってほしい事を感じていないようです。「命令に従うから、養ってほしい」では絶対に無いはずです。
この様に、仕事を手伝ってもらう認識や、仕事に就く認識が、一般常識という罠の中で、見失うケースが多くなってきたように感じます。手伝う人が少なければ事業を縮小し、自分の価値観と合わなければ退職する。本来は当たり前のことですが、なかなか簡単にはできない社会になりました。
SNSなどを流し読みすると、仕事をするのが苦痛で、忘年会などにも出たくないという意見がワンサカ出てきます。希望が少ないのかなと悲しくなります。生きていて辛いだろうなと思ってしまいます。変に誤解されるのが嫌なので話すことはありませんが、そんなに嫌なら会社なんて辞めたほうが良いです。辞めれない事情も分かりますが、もっと自分を大事にしてほしいです。
これからは、個人事業が多数を占める社会が到来するとの観測もされています。貨幣的道具は、実力の世界ですので厳しいものになりますが、生きている実感は大きいですよ。世の中には、まだまだ希望は満ちていますよ。
三菱電機の社員さんの事件については、詳しい事が分からないことと、ボクなんかがコメントできる立場にないことなどで、ただただ、ご冥福をお祈りするばかりです。
それでは、また明日。