元農林水産事務次官と8050問題
80歳代の高齢者の親と50歳代の中年の引きこもりが社会から孤立してしまうという問題です。先日の、元農林水産事務次官が起こした悲惨な事件も少なからず関連があると思います。
この問題には、底のほうに経済社会のいびつさがあるのだろうと思います。
日本は、急激な経済成長の後に、長い停滞の時期がありました。この停滞の時期に経済の格差が広がったことは、皆さんも薄々感じている事と思います。簡単に書くと、年金を持つ高齢者親と十分な収入がない子供が同居している。これでは、状況を変えにくいでしょう。親は子に、子は親に、お互いが悪魔のような引力に負けてしまうからです。
助け合って仲良く過ごすという甘い幻想に、あらがって自立するのは、案外難しいとボクは感じています。特に子世代はかなりの焦りといら立ちがグチャグチャになって存在するんだろうと想像します。心配して話す親の一言が、子には計り知れない凶器となる場合もあるでしょう。今後、まだまだ多くの事件が発生するはずです。社会の構造は何も変わらないのですから。
元農林水産事務次官に懲役6年の判決が出されました。世間では同情する声が多く、ボクも知れば知るほど悲しい気持ちになります。このケースでは、被害者の息子が一方的に問題だったように見えますが、彼もまた、社会のひずみの中で、のた打ち回って苦しんだ人生だったのではないでしょうか。上手く生きることができなかったと、簡単に済ませてはいけない、ボク達の課題と思います。
もっと気軽にしごとができる社会にすべきです。皆が自分の利益だけを追求すると仕事がなくなります。一頃、ワーキングシェアという言葉が良く聞かれていましたが、最近はあまり聞きません。これこそ国と民間が一体になって取り組む大きな事業でしょう。稼ぐ能力が高い人はガバガバ稼いでもいいと思います。ただ、独り占めしないで。稼ぐ機会は残してほしいです。世間に仕事があふれていたら、親も子も経済的に自立しやすくなるのは間違いがないところです。
もし、そうする事(ワーキングシェア)も反対なら、生活保護なりベーシックインカムなりの社会保障を厚く設定することです。社会は能力の高い人だけで成り立っていません。上手くできない人も含めて「社会」のはずです。能力の高い人たちも、そんな人たちだけで社会を作ったら、きっと今の何倍も苦しい生活になります。
8050問題は、本当に身近にあります。ボクの家庭でも、少しボタンを掛け間違えるだけで、この問題と戦わなければならなくなるでしょう。
だからこそ、ボクはサッサとセミリタイアします。
では、また明日。