ボクの定年

還暦オーバー!今日もチャレンジ!

介護ロボット 現実になるかもしれない未来(フィクション)

デイサービスの昼過ぎは、お風呂もリハビリも、もちろんお昼ご飯も終わってひと段落している。今日もけだるい午後だ。87才のキミコさんは、やることがなくてぼんやりしていた。30人くらいの他の利用者も、いつものことだが、考える事もめんどくさくてボーっとしていたのだ。

「キミコさん!折り紙やらないんですか?」

突然、ぶっきら棒な言い方で、介護士のタナカが近づいてきた。タナカは今年28歳になる男性で、このデイサービスに去年から努めている介護福祉士だ。まだ、独身である。

「なにかやって貰わないと僕が施設長から怒られるんですよ。」

キミコさんは不満気に言い返す。

「だって、折り紙なんて退屈でしょ?」

キミコさんの隣に座っているヤエさんも

「なにか面白いものないの?」

とタナカのほうを見上げた。

タナカはニコリともせずに他のテーブルに歩いていき、無表情のままぬいぐるみのような人形をキミコさんの座っているテーブルの上に置いた。

「これ、介護ロボット」

吐き捨てるように言葉を発し、スタッフルームのほうに消えていった。

「どうでもいいけど、感じ悪いよね」

「こっちまで不機嫌になっちゃう」

 

タナカが持ってきた介護ロボットとは、このデイサービスに2か月前に導入されたAI技術が組み込まれているコミュニケーションに特化したロボットだ。スムーズな会話を行えるだけでなく、顔認証と声の声紋から話している人の感情まで判断し、会話につなげる事ができる。認知症の老人に対して一定の予防効果があるとの研究成果を示す論文もあるようだ。

 

無邪気でかわいい顔をした介護ロボットは、早速キミコさんとヤエさんの顔を認証して二人に話しかけた。

「こんにちは、キミコさん・ヤエさん、今日はいい天気ですね。お昼ご飯は美味しかったですか?」

話しかけられた二人は、一瞬、キョトンとして驚いた様子だったが、すぐに面白そうなおもちゃだと感じる事ができた。

「あら、こんにちは。あなたの名前は?」

「僕の名前はゲンキくんです」

「割と単純な名前なのね」

「単純かどうかは僕には良くわかりません」

「お昼ご飯はいつもとあまり変わらないからねぇ。美味しいかどうかもわからなくなっちゃって」

「今日の献立は、骨なしさばの煮つけでしたね。DHAが豊富で認知症予防に人気があるんですよ」

さすがにAIが入っているだけあって情報を活用して会話してくる。足らない情報は自らインターネットに接続して収集することができる。

 

キミコさんの目がいたずらっぽく光った。

「ねえ、ゲンキくん。介護士のタナカくんってどう思う?」

「そうそう、あの人ちょっと欲求不満じゃないの?」

介護ロボットのゲンキくんはテーブルの上でその大きな目の玉をクルクルと回して、タナカについて調べ始めた。

 

「タナカさんのFakeBookによれば、タナカさんは最近失恋されています。1ヶ月前にデートの様子を更新されていますが、そのあと彼女募集の書き込みが見られます。あと、元カノの悪口も」

二人はお互い顔を見合わせて、それから声を殺しながら爆笑した。

「やっぱりねぇ。だからいつも不機嫌なのよ。いい気味だわ」

「ゲンキくん、ありがとう。私たち楽しみが出来たわ」

 

翌日、デイサービスのお昼ご飯は里芋の煮っ転がしだった。飲み込む動作が難しいキミコさんは、介護士のタナカを呼んだ。

「ねえ、お芋さんの大きさはもう少し小さくならないの?」

「さあ、僕に言われてもわかりません。」

「タナカくんが小さく切ってくれたら、助かるわ。」

「僕、ちょっと忙しいので。。。」

「でもタナカくん、もう少し優しくないと彼女も逃げちゃうよ」

タナカは明らかに動揺し、顔が紅潮した。さらにそれに留まらず、表情が崩れ涙目になってきた。キミコさんは軽い気持ちでからかったのに、タナカはの反応が大きすぎたことに後悔をしていた。

 

咄嗟にテーブルに置いたあった介護ロボットのゲンキくんに話しかけた。

「ゲンキくん、タナカくんに何か言ってやってよ。私、まずいこと言っちゃったみたい」

介護ロボットは大きな目玉をクルクルまわして、そしてしゃべり始めた。

「昨日、みんなが帰った後、施設長が社長と話をしていました。タナカさんを介護主任に任命したらどうかという内容です。それに合わせて給料も上がるそうですよ」

「良かったじゃない、タナカくん。認められて」

タナカは仏頂面に戻り、その場を去った。しかし、その足どりは軽やかだった。

 

翌週、元気に仕事をするタナカの姿があった。大きな声で他のスタッフと業務の段取りを話し合っている。驚くべき変化だ。キミコさんは介護ロボットに話しかけた。

「タナカくんすごい変わりようだね。介護主任の内示があったの?」

「いいえ、まだです。だけど、あの後タナカさんから質問がありました」

「えっタナカくんがゲンキくんに?」

「どうして、自分が主任に推されたのかという内容でした。スタッフのミオさんがタナカさんは頼もしくて好感が持てると施設長に話をしたということを、お伝えしました」

「なるほど、ミオさんは美人で明るいいい子だもんね」

キミコさんはすべてを納得して、介護ロボットの愛嬌のある頭を撫でた。

 

タナカはそのあとも積極的に仕事に励み、介護主任になった。キミコさんやヤエさんにも丁寧で優しい対応ができるようになった。デイサービスの売上も少しづつ上がっているようだ。

 

ある夜、施設長は介護ロボットに話しかけた。

「なあ、ゲンキくん、今度はミオさんを活性化したいんだよね」

「施設長、お任せください。ミオさんはtwittgramで海外旅行に行きたいとつぶやいています。これを利用したらミオさんのモチベーションは必ず上がります」

介護ロボットは続けて言った。

「ミオさんの次は、施設長の解雇の案件ですね。もう私に代わりが務まりますから」

 

介護ロボットのゲンキくんには、事業の業績を上げるためのプログラムが組み込まれているようだ。