ボクの定年

還暦オーバー!今日もチャレンジ!

T君のこと

T君は向上心に満ちた前途有望な若者だった。昨年半ばに当社を退職して今は近くの整形外科に勤めているようだ。ボクはこの転職の情報を聞いて少しだけほっとしている。ボクの能力が足らなかったばかりに彼を正しく導くことができなかった。成長させてあげることができなかった。

何も彼の成長の糧をボクだけが握っていたとは思わない。むしろ今の時代は上司の影響を受けたくない若者が多い気がする。だけど仕事の人間関係というのは同じ目標のもとに互いに影響しあえる間柄をいうのではないかと思う。煙たがられるのを嫌ってコミュニケーションを疎かにしていては、お互いの為にならないだけでなく、他の社員のためにもならない。ボクはT君とミーティングを行った。

ボクがT君の聞きたかったことは、T君自身の将来像やキャリアイメージだった。スペシャリストになりたいの?それともゼネラリストを目指したいの?といった質問だったと思う。彼は一瞬戸惑う様子を見せたあと、どちらもなりたくないと答えた。想定外だった。それは「あなたに話すつもりはない」「ここで結論を出せるわけないだろ」という意味だったのだろう。だけどボクは彼に話した。ボクの経験と知見を包み隠さず伝えた。T君に幸せになって欲しいというだけの理由だった。

ちなみにボクがまだ30代で病院勤務していた頃、飲み会の度に後輩に同じような話をしていた。いわゆる説教オヤジだった。でもまだその頃はボクの真意は伝わっていた。若い看護師やリハビリ室の後輩はめんどくせーと言いながらも本音で現状の問題点や打開策を問うてくれた。ボクはその事に一定の役割を感じていた。避けられるどころかいつも周りに後輩たちが集まっていた。

話を戻して、T君のこと。明らかに理想と現実のギャップに苦しんでいた。というかありがちな、周りへの期待が大きすぎて空回りするタイプ。世の中を知る前に世の中を変えたい衝動を抑えきれない。自分の脳内にある理想のリハビリテーションにパートのおばさんが付き合ってくれないのが許せない。もちろん自分自身も理想を実現できずにのたうちまわっていた。せめてスペシャリストかゼネラリストかを選択してくれていれば、いや、両方とも否定することがなかったら、彼ともうすこし分かり合えたと思う。彼にとって有益な存在になれたのではないかと思う。そうはなれなかった。新しい職場では落ち着いて社会勉強ができればいいなと思っている。彼にとっても環境はずい分良いはずだ。

絶対に考え直せと諭したマイホームも新築したと聞いた。それがどんな意味を持つのか、ボクには話し足りていない。