ボクの定年

還暦オーバー!今日もチャレンジ!

スモールライフでも小さくできないもの

こんばんは、元気な60歳こもしんです。

生活の規模を小さくして無理のない暮らしを提唱しています。

 

パンドラの箱から最後に放たれたものは希望だったそうです。

 

ボクの父親は地方公務員、具体的には市役所職員でした。

とてもおとなしい人間でした。もちろんボクは今も尊敬をしています。

進路を決めなければならない高校3年生の夏、父親とゆっくり話をする機会がありました。

ボクは反抗期の終わり頃で、まだゆっくり父親と意見を交わす余裕はありませんでした。

大学に進学したいというボクに、学費を出す側から一言だけは言っておきたい事があったのでしょう。

ボクの部屋にどっかと腰を下ろし、ボクの将来についての意見を求めてきました。

なんとなく生きていたあの頃のボクには将来設計なんて微塵もありませんでした。

だけど、唯一自分自身に希望していたことは、「波乱万丈な人生を送りたい」でした。

どうせ一回こっきりの人生ならドラマチックでスペクタクルに満ちたものにしたかったのです。

案の定、父親に安全で安定している生活の尊さを力説されます。無理もありません。

父親も母親も戦争と敗戦の後の貧困を知っているのです。

何も知らないボクは、ただ面白ければそれでいいと思っていたようです。

父親は公務員か教師を目指すように説得しましたが、その当時のボクの成績では相当頑張らないとそのスタートラインにさえ着くことができない有様でした。

最終的に、潰しの利く経済学部なら許可を貰えることになりました。

 

父親が74歳の頃、ボクは病院勤務という安定職を捨てて起業します。

弱く小さくなった父親は、何故か全く反対せずに応援してくれました。母親が説得したと話していましたが、ボクは父親も自由に羽ばたきたかったのだろうと思います。

それが出来る時代に生きている息子の可能性を摘み取りたくなかったのでしょう。

 

希望とは言い方を変えると欲望だったり夢だったりします。社会のルール守ったうえで欲求を満たすために生きているのです。

 

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