セミリタイアーズ

還暦オーバー!今日もチャレンジ!

少年が小舟に乗ってやってきた。 ショートショート(小説)

トニーは焦っていた。

大企業から巨額の投資を受けて開発したタイムマシン。もうすぐ完成のはずなのだが、いくらお金を出してもテストパイロットが見つからない。

投資元の役員から連絡が入る。

西暦2080年、もう電話は存在しない。脳内に送受信機がインプラントされている。

一方的に脳内で役員のメッセージが響き渡る。地獄のようだ。

こうなったら自分で乗り込むしかない。トニーは覚悟を決めた。

流れ着く

まだ、実験段階のマシンに自分自身をセットして、1年前の過去にむけてボタンを押した。

その途端、全身が引き裂かれるような痛みと頭の中で何かが爆発しかのように、真っ白と真っ黒がすごい速さで繰り返された。一瞬の出来事だった。

目が覚めると海の上だった。マシンはなんとか海に浮いている。

何処なんだ。

そう考えながらも、自分が浮いている海の水の美しさに違和感を覚えていた。心の中に大きなどす黒い不安が広がっていた。美しい景色とは対照的だった。

視界の奥に小さな島が見えた。

とにかく島にあがろう。トニーは必死でマシンを押して泳いだ。

離れ小島

何もない。いや、自分が知っている自然とは比べようがないほど美しい自然があった。

しかし、それ以外は何もない。人もいない。

連絡をしなければ。

2080年では連絡手段は脳波通信だ。

おでこにインプラントされている装置は壊れていない様子だ。

トニーは何度も連絡作業を試みたが、反応は無かった。脳波通信をあれほど嫌がっていたのだが、全く機能しないとものすごく不安だ。

実験は失敗したのか?だとしたら此処はどこなのか?いつなのか?不安で何も手が付けられない。

夜が来て、急に空腹を覚えた。生きて行かねばならない。

トニーは現実を自覚した。

生活力が皆無

まず、トニーは全裸だった。マシンに自らをセットする時、衣服はすべて脱いでいた。トラブルのリスクを減らすと考えられたからだ。

食べ物もなかった。島には植物が自生していたので、木の葉をそのままかじってみたが、とても食べられるものではなかった。火を起こすことも釣りをすることもできない。

トニーは科学者としては天才だったが、飲料水を作る方法も知らない、生活力がゼロの人間だった。

人に助けてもらうしかない

海岸で途方に暮れていると、遠くに明かりがあることに気付いた。

人がいる。

トニーは急いで小舟を作った。マシンから高性能バッテリーを取りだし、渡航手段を作った。

原住民は小さくて弱い。

本土に渡ると衝撃の光景があった。身長が130cmほどの小さい人間が自分を見て大騒ぎしている。ほとんどが痩せていてみすぼらしい。魚を取って生活しているようだ。

船の櫓を持って攻撃してきた。こちらは助けてほしいだけなのに、言葉が通じない。脳波通信が役に立たない。大声で怒鳴られている。

トニーも大きな声を出してみた。最近は歌を歌う時くらいしか声を出したことがなかった。

ぅおおおぉー 思うより大きな声が出た。

怖がらせると物資が手に入る

原住民は、ひどく狼狽した。そして怯えた。大きな声と190cm高い身長、それに手には太い棒状の高性能バッテリーを持っている。原住民は、どう見ても勝ち目がないと判断したのだろう。櫓を投げ捨て逃げていった。

掘っ立て小屋のような彼らの住居に入ると、魚を天日干しした保存食が手に入った。

悪いと思ったが、背に腹は代えられない。飲料水と食料を持ち帰ることにした。

原住民は、遠巻きに怯えているだけだ。

島の生活

どうにか生活の目途が立ったのだが、とても我慢できる状況ではない。それまでの生活レベルと違いすぎる。

2080年に戻りたい。しかし、現実はぐちゃぐちゃに壊れたタイムマシンがあるだけで、戻ることは不可能だろう。使えるものは高性能の黒い棒型バッテリーだけだ。

食料が尽きるとまた向かいの漁村に行って、必要なものを調達した。

そして夜になると、トニーはバッテリーを抱えたまま泣いた。大きな声で泣いて過ごした。

少年がやってくる

ある日、本土の方からこちらにやってくる小舟を見つけた。

これまでの強奪を考えると、当然ながら秩序の安定のために派遣されたのだろう。

逮捕されるのだろうか?

しかし、手漕ぎ船だから、ユーモラスに感じるほどの速度でゆっくり近づいてくる。それに船に乗っているのは少年だ。飼い犬も乗っている。

トニーは、海岸で少年が島に着くのを待ちわびていた。

助けを求めていたのはトニーの方だった。

争いは起こらなかった。

トニーは離れ小島の生活に疲弊していた。それに少年が連れてきた飼い犬は獰猛で、もし、噛まれたりすると、医療がない現状では死をも覚悟しなければならない。

なにより、謝りたかった。そして助けてほしかった。

少年は自分の境遇を分かってくれる気がした。そんな澄んだ目をしていた。

知識をもとに村の発展に寄与する

頭を砂浜に押し当てて謝った。

少年は思った通り聡明で、トニーと丁寧にコミュニケーションを取ってくれた。

ただ、少年は、トニーのあまりに異常な身体形状、特におでこの両脇にある突起、脳波通信のアンテナを理由に、村で生活させることはできないと説明した。

だけど、生活に必要な物資を提供する事を約束してくれた。

トニーも自分が知っている科学的な知識を惜しみなく少年に伝え、それは村の発展に大いに寄与した。

ただ一つうまく行かなかったことがある。少年はトニーという発音を上手にできなかった。彼はいつもオニーと呼んでいた。

 

トニーがいつ亡くなったかはわからない。そしていつしか伝説になった。